時代遅れの男のブログ

昭和の音楽、ジャンプ系漫画、レトロゲームが好物です

巨人ファン→アンチ巨人へ

今週のお題「大人になってから克服したもの」

 

おつかれさまです。

今月は晴れの日が少ないような…今日も雨降ってたし。

まあ、涼しくなったのはいいんだけどね…晴れが恋しいぜ。

 

さて、今週のお題は「大人になってから克服したもの」となっておりますが、

私が大人になって克服したものというかやめたものの一つに、

「巨人ファン」がありますね。

 

読売ジャイアンツロゴマーク

 

子どもの頃は巨人こと読売ジャイアンツのファンでしたね。

当時ホームランを量産していた王貞治選手の影響で。

715号*1、756号*2、800号*3と盛り上がっていましたからね。

 

テレビの野球中継はほとんど巨人戦で、

再放送ではありますが、『巨人の星』や『侍ジャイアンツ』が流れてましたし。

小学館の学習雑誌では『リトル巨人くん』なる漫画もありました。

 

まあ、今思えば「洗脳」といっても過言ではありませんが(笑)、

小~中学生の頃は素直にジャイアンツを応援しておりましたね。

 

 

 

 

それがグラリと揺らぎだしたのは、高校になってからですね。

ちょうど王さんが監督をやってた時でしたね。

 

王さんが監督になってからなかなか優勝に届かず、監督としての資質が疑問視され、

就任4年目の1987年にようやく優勝したものの、

日本シリーズで当時黄金時代の西武ライオンズ*4に敗れてしまい、

巨人監督時代は一度も日本一になる事が出来ませんでしたね*5。

 

その頃から巨人の野球に対して息苦しさを感じて来ましたね。

何だか、勝ちに対して汲々してると言いますか。いわゆる「勝利至上主義」ですね。

それと、「歴史」とか「伝統」にこだわる旧態依然な部分にも嫌気を差していきましたね。

 

それとは対照的に、1985年に日本一になった阪神タイガースが輝いて見えましたね!

鞍替えも考えましたが、「にわか」みたいでイヤだったし、

あとまだ王さんが監督やってましたのでまだファンを続けましたね。

 

そして、王さんの巨人監督最終年の1988年シーズン終了後、

自然な形で巨人ファンを辞めていきました。

私にとって、「巨人=王貞治」といっても過言ではなかったですからね。

 

ちなみに、その年は私の成人の年でした。

私にとっての元服とは、巨人ファンを辞めた事だったのかも知れません。

「♪巨人ファンからの、卒業~(尾崎豊『卒業』の節で)」

 

そして、私が「アンチ巨人」になったのは、

翌1989年の日本シリーズでの「巨人はロッテより弱い」からですね。

 

例の当時近鉄バファローズだった加藤哲郎投手の「発言」からですが。

あとで巨人と同じ読売系列の報知新聞の記者が「捏造」したというのを知って、

それで巨人という球団が嫌いになりましたね!(怒)

 

確かにアレでジャイアンツは8年ぶりの日本一に輝いたのかも知れません。

けど、それと引き換えに一人の「アンチ巨人」を増やしてしまいましたね(笑)。

 

それ以降、

 

 

等でますますGが嫌いになり、今に至っておりますね。

とにかく、私は王さん退団がキッカケでファンを辞めましたが、

遅かれ早かれGファンを辞めてたと思いますね。

 

今ではある程度年を取り人生経験も積んだ事で、

昔ほどGに対しての怒りや憎しみがなくなりましたが、

けど今も一番優勝して欲しくない球団には変わりありませんね。

 

最後に…

頑張れタイガース!!

 

*1:メジャーリーグの伝説の強打者、ベーブ・ルースの通算714号を更新。

*2:当時のメジャーリーグ最多本塁打記録を持つ、ハンク・アーロンの通算755号を更新。

*3:最終的には868号でしたね。

*4:現:埼玉西武ライオンズ。

*5:のちの1999年に、福岡ダイエーホークスの監督として監督初の日本一になりましたね。