こんばんは。ジオ・ジーノです。
昨日奄美が梅雨入りしましたね…その3日前は九州南部が梅雨入りしたとありましたし。
沖縄の梅雨入りはいつになるのだろうか…?
さて、本日5月20日は、
「世界のホームラン王」こと王貞治さんの85歳の誕生日ですね。
王さんお誕生日おめでとうございます!

- 【私が野球ファンになったキッカケ】
- 【次々と本塁打記録を塗り替え…そして引退】
- 【王さんの引退を考察】
- 【巨人監督時代】
- 【ホークス監督時代】
- 【ワールド・ベースボール・クラシックで世界一!】
- 【最後に…】
【私が野球ファンになったキッカケ】
王さんは、私が野球ファンになったキッカケの選手でありましたね。
あれは1976年…当時王さんはメジャーリーグ伝説のホームラン王、
ベーブ・ルースの714HRの記録を抜くかどうかで大いに世間が湧き上がってる頃でした。

※その独特の”一本足打法”は、「フラミンゴ」とも称されましたね。
当時はまだまだ全盛期で、ホームランを打ちまくってた王選手は、
今で言う大谷翔平選手のようでしたね!
その王さんの影響で、ますます野球にハマって行きました^^
【次々と本塁打記録を塗り替え…そして引退】
ルースの714HRを抜き、翌77年には755HRを打ったハンク・アーロン選手の記録を抜き、
翌78年には800号を放ち、1000本を打つのも時間の問題かと思いましたが…
1980年に40歳で引退しました。通算本塁打数は868本でした。

あの頃は、同年で引退したNPB2位の657HRの記録を持つ、
野村克也さんのように45歳までやって1000HRを打って欲しかったのですが…
今思えば、一番いいタイミングで引退したのかも知れません。
【王さんの引退を考察】
私なりに王さんの引退を考察すると…
- 通算打率3割のままで終わりたかった(王さんの通算打率は.301)
- 当時使用OKだった圧縮バットが1981年から使用禁止になる
- 本拠地の後楽園球場の人工芝(1976年〜)で足腰の負担が大きかった
あたりかと思うのですが、
当時読売ジャイアンツ監督の長嶋茂雄さんの退任というのもあったのかも知れません。
長年「ON砲」でコンビを組んでただけに。

【巨人監督時代】
その後、巨人の助監督を経て監督となるのですが、
監督になってからはリーグ優勝は出来ても日本一にはなれなかったですね…。
王監督は、「ピッチャー、鹿取!」等采配が酷評されるようになりましたね。
そして王さんが巨人監督を辞めた後、
私は子どもの頃から続いていた巨人ファンを辞めました。
王監督の頃から巨人の旧態依然・勝利史上主義に嫌気を差しておりましたが…
王さんが辞めてから自然な形でGファンを辞めましたね。
【ホークス監督時代】
その後、解説者を経て1994年に福岡ダイエーホークスの監督となったのですが、
その頃のホークスは今のソフトバンクと違い弱く、王さんもかなり苦労しました。
バス越しに卵をぶつけられた、「生卵事件」なんてのもありましたね><`

ですので、1999年にホークスが久々のリーグ優勝そして日本一になった時は、
メチャ嬉しかったですね!
監督でなかなか日本一になれなかった王さんがついに監督でも日本一!
【ワールド・ベースボール・クラシックで世界一!】
2006年には、初めて行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、
侍ジャパンの監督を務め、チームを初代WBC王者に導きました!
王さんが監督としても「世界の王」になって嬉しかったね^^

(王監督(前列左)のすぐ右隣はイチロー選手ですね!)
【最後に…】
その後、2008年までホークスの監督を務め、
翌2009年から現在のホークス会長になりました。
王さんにはこれからも長生きして欲しいですね^^
最後に…
王さんありがとう!!