時代遅れの男のブログ

昭和の音楽、ジャンプ系漫画、レトロゲームが好物です

日本のラジオ放送100年(中編)

こんばんは。ジオ・ジーノです。

ファイターズがオープン戦で優勝しましたね。

この調子でペナントも制する事が出来るのか乞うご期待ですね!

 

さて、昨日は、

日本のラジオ放送100年(前編) - 時代遅れの男のブログを話したので、

今日はその続編を話したいと思います。

 

トランジスタラジオ(手前)と真空管ラジオ

 

1945年の敗戦で打ちひしがれた日本…

その日本をラジオは戦後すぐから励ましてくれましたね。

 

まず、1945年の大みそかNHK紅白歌合戦の前身番組・

”紅白歌試合*1が始まりましたね。

紅白歌試合は1回限りの放送でしたが、5年後の1951年に今の紅白が始まり、

1953年にテレビ放送も開始し今に至ってますね。

 

第2回NHK紅白歌合戦(第1回及び前身の紅白歌試合は写真が残ってないそうです)

 

そして、1946年に入って間もなくNHKのど自慢の前身番組・

”のど自慢素人音楽会”が誕生いたします。

翌1947年に番組名を「のど自慢素人演芸会」に変更し、1953年からテレビ放送も開始し、

1970年に現在の番組名になり今に至りますね。

 

NHKのど自慢の前身番組『のど自慢素人音楽会』

 

そして、1948年にアメリカでトランジスタが発明され、

今まで使っていた真空管から取って代わられるようになりました*2

日本では1950年に日本初のトランジスタラジオが発売されましたね。

 

日本初のトランジスタラジオ『東京通信工業(現:ソニー)・TR-52』

 

ラジオ局は戦後になってもNHKのみでしたが、

1951年に日本初の民放ラジオ局が開設し、

50年代はまさに「ラジオの全盛期」と言ってもいい状態でしたね。

 

日本初の民放局・中部日本放送CBC)の初期の番組『ストップ・ザ・ミュージック』

 

けど、1950年代までは日本のメディアの主役であったラジオでしたが、

60年代に入るとテレビがお茶の間に浸透するようになり、

ラジオは映画同様斜陽化の時代を迎えましたね。

 

だが!ラジオはそう簡単には死にませんでした。

イカーが普及し車内でラジオを聴く機会が増え、

さらに今も続くオールナイトニッポンや、

その良きライバルだったセイ!ヤング等の深夜番組が人気を博しましたね!

 

オールナイトニッポン』初代パーソナリティの一人・糸居五郎(1921-1984

 

そして、1969年にNHK-FMが本放送を開始し、大都市圏で民放FM局が開設しました。

FMはステレオで音も良く、喜んだ音楽ファンも多かった事でしょう。

ラジカセでエアチェックをした人も多かったのではないでしょうか?

 

エアチェックのお供!FM情報誌の代表格『FM STATION』

 

80年代になって、地方のFM局が続々開局し、

沖縄でも1984年にFM沖縄*3が誕生しました。

FM沖縄が開局した時は、沖縄でも民放FMが聴く事が出来て嬉しかったのを覚えてます。

 

FM沖縄本社ビル

 

さて、平成以降の話をしようかと思ったのですが…

これまた長くなりましたので続きはまた後日。

 

*1:当初は「紅白歌合戦」のタイトルで行く予定でしたが、当時のGHQから「”合戦”は戦争を連想させる。敗戦国が何事だ」とかいうクレームが入り、タイトルが変更されたという逸話がありますね。

*2:けど、真空管は今でもオーディオやギターアンプとかに使われておりますね。

*3:元々は、「極東放送」というAM局でした。